創業1853年。ハンターバレーのパイオニア。

ジョゼフ・ドレイトン
ジョゼフ・ドレイトン
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ドレイトンズ・ファミリー・ワインズ
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2019-02-24

ドレイトン一家は、ハンターバレー(Hunter Valley)で先駆的にワイン造りを行った家族経営醸造所の一つ。ドレイトンズ・ファミリー・ワインズ(Drayton's Family Wines)のように長きに渡って家族経営を行う醸造所は数少ない。

初代ドレイトンが初めてこの肥沃な土地、ハンターバレーの土を踏んだは165年以上も前のこと。それがジョゼフ・ドレイトン(Joseph Drayton)だ。1825年にイギリスのリンカンシャー州で生まれたジョセフは27歳の時に妻のアンナと二人の小さな息子を連れ、シドニーへと出航した。悲劇的にもジョセフは航海中に息子と生まれたばかりの娘、そして妻を失う。

それからしばらく経ち、1853年に彼と息子のフレデリックはしばらくロチンバール(Lochinvar)を旅する。そしてその数年後にジョセフが80エーカーの土地をポコルビン(Pokolbin)で取得し、それを機に移住を決めた。何もない状態からのスタートだったが、ジョセフはベルビュー(フランス語で美しい景色を意味する)という名の農場を一からその土地に創り上げた。1850年代後半、彼はブドウの樹を栽培するため穀物の栽培を止め、ベルビューに最初のブドウの樹を植えた。

その後、ジョセフはメアリー・アン・チック(Mary Ann Chick)と結婚。8人の子供を授かった。ジョセフが前妻との間に授かった息子フレデリックは鍛冶屋となった。再婚で授かった次男ウィリアムは父が所有する土地に隣接する40エーカーの土地を購入し、ブドウの樹を植えた。そして1885年に、彼はスーザン・ラムキン(Susan Lambkin)と結婚。彼らは10人の子を授かり、そのうち9人が男の子、1人が女の子だった。最終的にジョセフはベルビューをウィリアムに引き継ぐ。引き継いだウィリアムは60代で引退し、10人の子供に資産を分割。 ハリー、ウォルター、ジョージおよびレオナルドはベルビューの管理・運営を引き継ぎ、アーネストおよびウェズリーはハッピー・バレー(Happy Valley)として知られる栽培区画を引き継いだ。また、ウィリアムとルイスはクロウズネスト区画(現在のマクウィリアムズ)を引き継いだ。

こうして1947年にW. ドレイトン&サンズ(W. Drayton & Sons)が設立。最終的にベルビューは、彼の子供たちハリー、ウォルター、ジョージ、レンの手に渡った。その後も会社はマックス、ビル、レッグ、ジョック、ロン(ジョセフの4代目の子孫)によって経営され、後に彼らの子供たちも経営に加わった。この頃にはすでに、同社はドレイトンズ・ファミリー・ワインズ(Drayton’s Family Wines)として積極的にマーケティングを行っていた。

1989年初頭にマックス・ドレイトン(Max Drayton)と、その4人の息子のうち3人(ジョン、トレバー、グレッグ)が親戚が所有する会社を買収。

そして2008年に、新たな悲劇がドレイトン一族の物語に深く刻まれることとなる。醸造所が火事により消失。醸造家のトレバー・ドレイトン(Trevor Drayton)がその火事に巻き込まれ死亡。彼のアシスタントを務めていたウィリアム・リカードベル(William Rikard-Bell)が激しい火傷を負った。ハンターバレー、そして豪州のワイン業界は未だトレバーの死をを悼む。ウィリアム・リカードベルは2009年と2010年のヴィンテージのためにドレイトンズに復帰するも、その後はオレンジ地域の他の醸造所で働く。

165年以上前にジョゼフ・ドレイトンによって始められた家族経営は現在、ジョン(John)とグレッグ・ ドレイトン(Greg Drayton)が引き継いでいる。

ドレイトン・ファミリーは5世代に渡るその歴史と、ハンターバレー・ワイン・カントリー(Hunter Valley Wine Country)として知られているこの地域の発展に貢献できたことに強い誇りを持つ。

ドレイトンズ

555 Oakey Creek Rd, ポコルビン,ニューサウスウェールズ州,オーストラリア