テリーは13年間のワイン造りを通して、オレンジがワイン造りに適した新たな地域であることを見抜いた。 彼はオレンジの例外的な気候に可能性を見出し、妻子を連れ、ブドウ園の開墾を決意する。
「オレンジの気候はフランスのブルゴーニュと似ていることから、フランスのブドウ品種を選ぶのが適切だと感じた。中でもヴィオニエ、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ等が特に適していると考えた。灌漑設備を導入するまで、すべての ”赤ちゃん” ブドウに手作業で水やりをした。近くのダムへ行き、バケツを水いっぱいに満たし、すべてのブドウに想いと水を注いだ。それは長い時間を費やし、実に骨の折れる作業だった。」
それらの絶え間ない努力と勤勉さがが功をなし、彼らのワインはオレンジワインショー(2005 - 2006)で日の目を浴びることとなった。2016年、テリーのヴィオニエは、オーストラリアのワイン評論家、ジェームズ・ハリデーから97点という高評価を受け、オーストラリアワインの中で最も高い評価を受けたオレンジワインとして賞賛された。
テリーはより良いワインを造るべく、ワイナリーの様々な問題と向き合い続けた。問題の一つとして、間伐によりブドウの収穫量が低下する点が挙げられた。究極のワインを造ることを最終的な目標とするのであれば収穫前のブドウを伐採し、ブドウの収穫量を一定に管理することは当然のことである。この方法はブドウの品質向上を図るためにしばしば行われる製法である。しかしながら、間伐されるブドウか残るブドウかに関わらず、テリーは同じように丹念にアプローチをしてきた。そしてテリーとジュリーはオレンジマウンテンと同じくらい誇りをもってヴェルジュ造りにも取り組み、成功を収めたのである。
「私たちは無駄になってしまうブドウを活かすべく、ヴェルジュを造ろうと決心した。」この方法は結果として、1つのブドウ園で究極のワインとヴェルジュの二つの製品をを造ることができる効率的な方法となった。
チャレンジ精神に満ち溢れた人物であるテリーは、彼の家族や友人に力を借りながらも、ワイン造りに用いる機械やワイナリーの大部分を自らの手で作り上げた。唯一の後悔は、彼が最初から大きなワイナリーを建設しなかったことだ。ワイナリーの規模拡大に伴う工事は常に行われており、常に改善の一途をたどっている。
「現在、子どもたちは学校に通い、ジュリーも週に2日ほどソノグラファーとして働いているので、私はより一層、ブドウ園の仕事に専念できている。年間12ヘクタールもの土地を自分自身で耕した上に、他の農場の手伝いもしている。土地に取り憑かれた生活こそが自分の人生なんだ。私の名字 “Dolle” は、古いオランダの言葉で “狂っている” という意味なんだよ!」